思い込みから解放された時、 真の自由を手に入れる!
お盆ということで主人とお寺に行って来ました。
子供たちはお盆期間中は仕事の為、一緒に行けず残念。。。
主人の両親とご先祖様に、手を合わせるひと時。
心が鎮まり、安らかな気持ちが身体中に広がります。
そして日頃からお見守り頂いている感謝と祈りをこめてエネルギーを放ちます
この時期になると、主人の母と暮らした3年間のことがよく思い浮かびます。
主人の母とは随分年齢が離れていたので
私にとっては姑というよりも、おばあちゃま的な存在という感覚を持って嫁ぎました。
若かった私は、何とかなるんじゃないと
当時の状況を余り深刻に考えることもなく、勢いで飛び込んだわけですが
価値観のまるで違うもの同士がいきなり一緒に暮らすというのは
そうそう簡単なことではないのだと、日々身に染みて感じるようになりました。
子供たちが産まれてから、随分垣根は取れたのですが
子育てに精一杯の私は、老いた母に心を尽くす余裕もなく
淋しい母の気持ちを察することも、まるで出来ませんでした。
母が体調を崩して入院してからも、主人が見舞いに行く時に一緒に後ろについて行くだけで
自分から進んで、乳飲み子を背負い幼子の手を引いて病院に通う気にはなれなかったのです。
ある時みんなで見舞った際に、私が一番最初に笑顔で病室に入って行ったところ
母が目を丸くして驚き 急にわんわん泣き出しました
『自分から来るはずがない』 と思い込んでいた母にとって
私がいきなり顔を見せたのですから、その驚きと嬉しさはかなりのものだったのでしょう。
私もまた 『私がお見舞いに行っても母が喜ぶはずがない』 と思い込んでいたので
母が泣き出したことに凄く驚き、嬉しくて涙がこぼれました。
思い込みは真実をゆがめて、苦しみの種にしてしまうのですね。。。
『 私たちは世の中をあるがままに観ているのではなく、自分が観たいように観ている。
そして、その思い込みの囚われから解放された時
私たちは真の自由を手に入れることができる 』 と賢者たちは言います。
物事を違う角度から観て真実がわかれば、苦しみは少なくなるのです
母とは色々な事がありましたが、最期にはあらかた許しあえたように思います。
いつだったか、私が母とのことを人前で懺悔しながら話していた時に
見えない存在を視える方がたまたまいらして
私のそばに母が立っていて
『そんなに自分を責めなくていいよ』 と言ってると伝えてくれました。
あぁ、思いは伝わっているのだな。。。
私を許してくれているのだな。。。と心の底から有り難く感じたものです。
人間関係って、ひとつボタンを掛け違えると泥沼化に陥りやすいものです。
小さな誤解がさらなる誤解を生み、いつの間にか大きなしこりとなってしまう。。。
相手の視点にたって物事を観る。客観視する。
そういう意識を忘れずに持ち続けること。
大きなしこりになる前にコミュニケーションをしっかり取ること。
亡き母との関わりを思い出しながら、たくさんの気付きを頂きました。
ご先祖様の愛情をいっぱい頂いている身の幸せにただただ感謝です
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